マンダリン オリエンタル 東京、中村友彦ヘッドベーカーの進化するパネットーネ。

東京と台北のジョエル・ロブションのベーカリーで合計13年のキャリアを持ち、ニュージーランドやオーストラリアでもベーカーとして研鑽を積んだ、中村友彦さん。3年前からはマンダリン オリエンタル 東京のヘッドベーカーとしてホテル内のすべてのパンを手がけています。中村さんがパネットーネを作り始めたのはロブション時代からですが、その時はイーストを使ったフルーツブリオッシュといったもので、本格的にパネットーネに取り組んだのは、マンダリン オリエンタル 東京のエグゼクティブシェフであるダニエレ・カーソン氏の元で現職に就いてから。イタリア人であるカーソンシェフとともに、さまざまなイタリアの本物、美味しいものに触れるようになり、それまでのフランス一色だった人生が一変したのです。

「初めて、マウロ・モランディン(*1)のパネットーネを食べた時は、美味しくてびっくりしました。これは今まで食べたものと全然違う、と。それでトライしたのですが、1年目はそれほど美味しくはできませんでした。2年目は発酵種の工程の研究を重ねた結果、パネットーネ特有の、乳酸菌のかたまりを思わせるような香りが出てくるようになったのです」。

小麦粉と水で発酵種(リエヴィト・マードレ)を起こすにあたり、重要なのは温度と時間のコントロール。しかし、中村さんはパンのスペシャリストゆえ、リエヴィト起こしは初めてでしたが、フランスの種づくりの経験を生かし、酸味を抑えたり、香りを出すために温度を変えたり、さまざまな試行錯誤を通して、目指す味に近づけていったと言います。

「クラシコ」の600gサイズ。表面に散らした白い砂糖粒は、イタリアのものが手に入らないのでベルギー製を使用。

「リエヴィトはとても繊細なのです。リエヴィトがうまくできないとどうしようもなく、途中で修正もできません。一番のポイントは香りです。そしてもう一つ重要なのは一番種発酵時の徹底した温度管理。ホテルの厨房は冬はものすごく寒く、オーブンの上とか暖かそうな場所を探して試しましたが、なかなかうまくいきません。ところが、このパンデミックのおかげで、普段なら24時間フル稼動しているパン用の焙炉(保温庫)に空きができたのです。今しかない!と思い、パネットーネ発酵を焙炉で行ったところ、安定した、美味しいパネットーネに到達することができました」。

中村さんのパネットーネ工程は、リエヴィト・マードレを使った1番種、そして二番種、最後の本捏ねの三段階。イタリアのパネットーネ作りのレジェンド、イジニオ・マッサーリ氏(*2)のパネットーネの本を参考に、色々と試した結果、中村さんが納得できる味を作り出せるのはこの三段階方式であることがわかり、さらに改良も加えています。ミキサーはイタリア語でトゥッファンテと呼ばれるダブルアーム。縦型のスパイラルは生地をグイグイと捏ね上げるイメージですが、ダブルアームは空気を抱きこむ方式。スパイラルで作った生地はグルテンの引き(弾力)が強くなりますが、ダブルアームで作るとふんわりとエアリーな生地になるのです。

ベーカーとしてフランス人との付き合いが長かった中村さんが、パネットーネを通じてイタリア人と接して気づいたのが、イタリア人は作るものにも人に対しても根底に愛情があること。カーソンシェフにパネットーネのコンテストに出場したいと相談したところ、まずは現地を視察してはと助言され、「フランスに行くように身構えて」行ったところ、皆温かくウェルカムな感じで驚いたと言います。尊敬するマウロ・モランディンさんのところへもアポイントもなく訪れたのですが、「よく来たな」という感じで迎え入れてくれたのだそう。イタリア視察のおかげでますますパネットーネへの興味が高まったという中村さん、「作ることは全く苦ではなく楽しいので、どんどんチャレンジしていきたいですね」。本当は春はいちごのパネットーネや、マンダリン オリエンタルのオリジナルブレンドティーのコロンバ、夏はブルーベリーとホワイトチョコレート、あるいはパッションフルーツとパイナップルとドライマンゴーのトロピカル・パネットーネと一年中作って広めていいくつもりだったのですが、パンデミックのせいで今年は断念。ゆえに、このクリスマスシーズンは、“満を持して”の力作パネットーネをラインナップしています。

マンダリン オリエンタル 東京で販売しているパネットーネのフレーバーは3種類。オレンジピールとラム酒に漬け込んだレーズンの「クラシコ」、キルシュに漬け込んだドライチェリーとチョコレートを使った「チョコレートとチェリー」、ラム酒に漬け込んだマロングラッセとドライカシスの「栗とカシス」。まずはお試しというかた向けに高さ5cm約150gのSサイズと、高さ12cm約300gのLサイズの2種類が揃います。またこのほど、中村さんが「本当は一番美味しいと思う」600gサイズの予約販売が決まりました。すべてホテル1階の「ザ マンダリン オリエンタル グルメショップ」での扱い。また、このショップ併設のカフェでは600gサイズからカットしたパネットーネを味わうこともできます。

※店頭販売のみ。12月26日までの販売。

 

*1 ヴァッレ・ダオスタ州の菓子職人。パネットーネづくりの第一人者の一人。

*2 ロンバルディア州ブレーシャの菓子職人。イタリア菓子職人協会の名誉会長。