乾燥粉末リエヴィト・マードレを使用したパネットーネと発酵菓子

2月29日に東京で開催されたイタリア製菓業界の巨匠イジニオ・マッサーリ氏によるパネットーネ特別講習会に続いて、3月1日と4日に、イタリアの製粉メーカー「モリーノ・ダッラジョヴァンナ」社専属パスティッチエレ、ファビオ・デル・ソルボ氏のパネットーネ及び発酵菓子の講習会が開かれました。イタリアの発酵菓子の基本であるリエヴィト・マードレ(自家培養発酵種)についての解説、そして、モリーノ・ダッラジョヴァンナ社のリエヴィト・マードレ乾燥粉末「バランスパワー」を活用したパネットーネ等の製法を紹介。デモンストレーションで披露したのは、「バランスパワー」を使ったパネットーネ・トラディショナルとマロンのパネットーネ、そしてクロワッサン、クロワッサンと同じ生地で仕込むパン・オ・ショコラ、イタリアの朝食に欠かせないブリオッシュです。

左から、酵素、パネットーネ専用粉、乾燥粉末リエヴィト・マードレ「バランスパワー」

パネットーネは、イタリアの発酵菓子でも最も難しいとされます。バター、卵黄、砂糖、フルーツなどを加えた生地を発酵させるには、リエヴィト・マードレの力を最大限に引き出さねばなりません。そして、そのためには生地を仕込む前に3度リエヴィト・マードレをリフレッシュメントさせる必要があるなど、通常のパスティッチェリアの仕事以外の負担が大きいのも事実。そのため、イタリアでは、リエヴィト・マードレを常に活性化させるため、日々リエヴィト・マードレを使った他の発酵菓子を製造するのが一般的です。それがブリオッシュやクロワッサン、ビエノワズリーです。ファビオ氏によると、リエヴィト・マードレは、1度目のリフレッシュメントを終えたら一部を残して通常のパン作りに、同様に2度目のリフレッシュメントを終えたらクロワッサンやブリオッシュ作りに、3度目のリフレッシュメントを終えたらパネットーネ作りに、といった具合に配分します。3度目のリフレッシュメントを終えたリエヴィト・マードレの一部は、翌日のために取り置いて、保存します。また、朝、リフレッシュメントを行う前に一部を酸味のあるパン作りに回して、残りを通常のリフレッシュメント工程に移すこともあります。こうしてサイクルさせることでリエヴィト・マードレを常に生かしていくのです。

しかし、小規模であったり、通年リエヴィト・マードレを使うわけではない作り手もいるため、モリーノ・ダッラジョヴァンナ社が開発したのが、リエヴィト・マードレを乾燥させた粉末「バランスパワー」です。リエヴィト・マードレの乾燥粉末は、自家製でも作ることができるというのは、前日のマッサーリ氏の講習会でも披露されました。リエヴィト・マードレに小麦粉を加えてミキサーにかけ、それを篩にかけてから低温のオーブンで乾燥させます。しかし、こうしてできた粉末は不活性化しているため、使用する際は、イースト(生あるいはドライ)を少量加えて再活性を促す必要があります。「バランスパワー」を使う時もごくわずかにイーストを加えますが、粉1kgに対しイーストが20gを超えない場合、イタリアでは材料表記に入れる必要はありません。そもそも、イーストとリエヴィト・マードレは科学的な構成はほぼ同じで、成分分析にかけても個別の検出はまず不可能なのです。

さらにもう一点、今回の講習では、パネットーネ生地に酵素も使用しました。酵素については、前日のマッサーリ氏もパネットーネの飛躍的な品質向上をもたらした材料と評価しましたが、小麦の中に含まれる酵素(アミラーゼ)を抽出したもので、小麦粉の澱粉を糖(グルコース)に変えて生地に柔らかさをもたらし、さらにその柔らかさが持続するため、かつては製造から2週間を経過したら乾燥が始まり固くなっていったのが、酵素を使えば2ヶ月は賞味期限が保てるようになりました。工場で大量生産されるパネットーネには乾燥防止と賞味期限延長のために乳化剤(モノグリセリド)を使うのが一般的ですが、アルティジャナーレのパネットーネを手がける小規模な作り手にとって乳化剤は避けたい添加物。そこで、小麦由来の酵素を使うことで賞味期限を伸ばし、より多くのニーズに応え販売機会を増やすことができるといいます。ファビオ氏によれば、イタリアではほとんどのアルティジャーノ(職人)が酵素を使用しているとか。もちろん、酵素を使わない人もいます。何を良しとするかは、作り手次第とのこと。気をつけねばならないのは使用量です。酵素は使いすぎると焼成後しばらくすると焼く前の生地に戻り、生焼けのような状態になってしまうのです。ちなみに、酵素は90度を超えると消滅するため、イタリアでは材料表記に入れる必要はありません。

乾燥粉末リエヴィト・マードレと酵素、スターターとしてわずかにイーストを使うこと以外は、基本的なパネットーネの製法と変わりはありません。ファビオ氏が強調したいくつかのポイントは、

・ミキシングは、材料を投入する時は低速で、材料が混ざったら速度をあげる

・砂糖と塩は水分を吸収するので、必ず水分(卵黄、必要に応じて水)を一緒に加える

・セコンド・インパストでは最初のミキシング(粉とプリモ・インパスト)をしっかり行えば、その後の投入がスムーズにいく

・香り素材(オレンジペースト、バニラ、柑橘皮、はちみつなど)は前日までにバターまたは砂糖などと混ぜ合わせ、しっかり馴染ませておく

・フルーツを入れてからのミキシングはフルーツが壊れるのを防ぐため短時間に(3分が目安)

・ミキサーによってはこね上げが不十分(十分な力が得られていない状態)になる場合もある。対処法は休ませる時間と温度で調整。休ませれば休ませるほど力を増す

クロワッサンとブリオッシュは、イタリアの朝食に欠かせない甘いパン。日本ではフランス的な甘味の少ないクロワッサンが主流ですが、イタリアのクロワッサンは甘め。クロワッサンに似た形状のブリオッシュはもっと甘く、さらにバターの量が多く卵やバニラ・柑橘ペースト、すりおろした柑橘の皮などの香りも加えるのでよりリッチな味わいです。

今回は、乾燥粉末の「バランスパワー」と少量のイーストを使用していますが、リエヴィト・マードレを使う場合でも、材料がリーンなクロワッサンより、リッチなブリオッシュの方が発酵の力を多く必要とするので、乾燥粉末の場合は少し量を増やし、リエヴィト・マードレなら2回目のリフレッシュメントが終わった時点でしっかり発酵力を持っていることを確認することが必要です。

クロワッサンとブリオッシュにはモリーノ・ダッラジョヴァンナ社のパネットーネ専用の粉を使いました。この粉は、1kgの粉をベースに4〜5kgの生地を発酵させる必要があるパネットーネのために高いパフォーマンスを求めて開発されたもので、弾力性、力、噛みごたえなどのポイントを考慮してそれぞれに秀でた7種類の小麦粉をブレンドしています。パネットーネはもちろん、ブリオッシュや甘いイタリア式クロワッサンにも使用できるといいます。実際の試食でも、さっくりとしたファーストインプレッション、弾力のある歯ごたえ、しっかりとした骨格を感じられ、イタリア人が好む朝食のパンとなっていました。

また、試食で供されたパネットーネも骨格が明快で、口に入れた瞬間、弾むような噛みごたえ、そして生地が速やかに解けて、ねっとりとすることなく消えて行きます。そして、フルーツやバニラの香りは鮮やかですが、何かが突出することなく調和が絶妙。リエヴィト・マードレを乾燥させると活性と共に特有の香りが失われるといい、それを補うためにフルーツやバニラの香りをしっかりと立ち昇らせることが重要となってくる、とファビオ氏。そのためにも香り素材は前日以前に仕込んで馴染ませておくことが大切です。

講習の後半では、リエヴィト・マードレのリフレッシュメントについて解説。繰り返しになりますが、常に力を維持させるには、日々リフレッシュメントを行います。ファビオ氏は土日以外、毎日リフレッシュメントを行い、真夏の15日間以外は常に日稼働させているといいます。

夜間はビニールに包んだ上で厚い布で包み、紐で縛って、または水に浸けて、あるいは容器に入れ、ラップなどをかけて保存します。大事なのはいつも同じ容器を使うこと。また、リエヴィト・マードレが触れる機械も、例えば、リバースシーターなど必ず掃除清拭してから使用します。特にバターや卵など他の素材が付着しているとリエヴィト・マードレを汚染してしまうので、清潔に保つことが肝要です。

夜間保存の間、温度が低ければ酢酸発酵が、温度が高ければ乳酸発酵が進みます。基本的に16〜18度で保存しますが、その温度帯では酢酸発酵が進むので、翌朝はそのままサワードゥのパンに使用することもできます。しかし、パネットーネなどには酸味が強く、バターや砂糖の風味とは相性が悪いため、リフレッシュメントを重ねて乳酸発酵を促さねばなりません。

リエヴィト・マードレは生き物であるゆえ、状態の良い時も悪い時もあります。特に発酵する力が強い時、鼻をつく刺激臭がしたり色味が変わっています。力を抑えるためには、リフレッシュメントの粉を増やして安定するように仕向けます。ともかく細やかな配慮を必要とするということを覚えていてほしい、とファビオ氏。

今回は、パスティッチェリアやベーカーのルーティンとは異なる仕事が要求されるリエヴィト・マードレを、どのようにマネージメントしてイタリア発酵菓子を取り入れていくか、というポイントに絞った講習会でした。乾燥粉末のリエヴィト・マードレを利用すれば、ルーティンに組み込む可能性も高くなります。しかし、本来のリエヴィト・マードレを扱う経験を経ずに、いきなり乾燥粉末リエヴィト・マードレを取り入れても使いこなすのは困難です。ファビオ氏も、リエヴィト・マードレと向き合い、経験を重ねれば、乾燥粉末リエヴィト・マードレの扱いもスムーズにいくでしょう、と語っています。

また、今回の講習は、イタリア発酵菓子の美味しさを作り手に体感してもらう機会でもありました。フレッシュであることが美味しさの大前提であるイタリア発酵菓子(パネットーネも美味しさのピークは作って3〜4日目とされます)を、作り手が日本にいながらにして味わうことは非常に難しいものです。そういう意味でも今回の講習会は貴重な機会でした。

ファビオ・デル・ソルボ Fabio Del Sorbo

1994年ナポリ近郊のグラニャーノに生まれる。14歳でポジターノのレストランでペストリーのアシスタントに。高校で化学・物理を学びつつペストリー技術を磨き、ホスピタリティについても理解を深めた。18歳でCast Alimenti入学、イジニオ・マッサーリ、レオナルド・ディ・カルロ、ルイジ・ビアゼットなどに師事。その後も各地で研鑽を積み、2016年にモリーノ・ダッラジョヴァンナ社の専属パスティチエレとして製菓製パンの研究に専心。リエヴィト・マードレ、パネットーネを中心とする発酵菓子、パンの専門家として活動している。