“パネットーネ・アルコリコ”、この冬注目はクラフト・ジンを使ったパネットーネ

パネットーネの保存性を高めるために純度の高いアルコールをスプレーするのは、昔も今も変わりません。特に長期保存を付加価値とするインダストリアル製品、あるいは、家庭の手作りパネットーネは完全に冷めてから保存用の袋に入れる前にグラッパやウォッカなどをスプレーするのが習わしです。しかし、保存性よりも、もっと積極的に一味違うパネットーネに仕立てる方法として、ワインやリキュールを使うことも少なくありません。一番シンプルなのは、ワインやリキュールに漬け込んだレーズンを使うという方法。これはお酒の風味をもっとも効率よく表現できる方法でもあります。オレンジピールやレモンピールを砂糖漬けにする時にお酒を使う、また、お酒を加えたクリームをパネットーネに詰めたり、表面にお酒を使ったアイシングを塗ったり、さらにこれらを合わせ技にしたり、他にも、パネットーネそのものをワインやリキュールのシロップに浸してアルコール感をこれでもかと強調したパネットーネもあります。

こうした“パネットーネ・アルコリコ”の中で、2021年末に存在感を増していたのが、ジンを使ったタイプ。特にクラフト・ジン・メーカーとのコラボレーションものが目を引きました。イタリアは昨今のミクソロジーブームで、ジンなどのスピリッツを手がける新興の小規模生産者が増えています。葡萄を育ててワインを造るにはかなりの年月を要しますが、スピリッツは素材を集め、蒸留する設備と技術があれば作り手の思い描く世界を自由に繰り広げることが可能です。そして、ワインの国であるイタリアでは、土地特性をスピリッツにも投影することが重要事項であると考える生産者は多く、ジンであればアルコールの元となる穀物や葡萄はもちろん、風味を引き出すボタニカルも100%地産であることにこだわります。トスカーナは、ジンの香りの主体となるジュニパーベリーの世界的な供給地であり、クラフト・ジン製造においても若い世代のメーカーが増えている土地。彼らはジンの可能性をカクテルなどお酒の世界にとどめず、さまざまな分野とのコラボレーション企画に挑戦、その一つがクラフト・ジン×パネットーネ・アルティジャナーレ、というわけです。

フィレンツェから東へ25キロほどの山間で蒸溜所を構える「ピーター・イン・フローレンス」がコラボレーション・パートナーに選んだのは、ボローニャの若手パン職人のグループが営むベーカリー「フォルノ・ブリーザ」。リエヴィト・マードレを使い、小麦の質にこだわったパン作りで知られています。ピーター・イン・フローレンスのジンは、トスカーナのジュニパーベリー、フィレンツェのシンボルであるイリス(アヤメ)など14のボタニカルを使用。フローラルでまろやかな味わいが特徴と言います。パネットーネにはこのジンとオレンジピール、そしてチョコレートが使われていて、全体的にはチョコレートの香り、そしてオレンジピールの香りが強く、ジンの存在感はさほど感じられませんが、どこか清々しい余韻が残るのが印象的。生地そのものはパンを彷彿させるしっかりとした噛み応えがあり、弾力性もありながら口中で解けるのも早い、パネットーネらしいパネットーネです。そしてチョコレートがとても上質。さらりとしたテクスチャーがパネットーネの生地の解け具合と良く合い、食べ疲れないのです。

トスカーナのジュニパーベリーは、キャンティ、海沿い、山間部と産地が異なると味わいが異なると言います。その三種を使い、そのほかのボタニカル6種も全てトスカーナ産を使用しているのが「ジネプライオ」のジン。野生のジュニパーベリーの明快な香りと野バラの優しい香り、野生のハーブの香りが溶け合った独特のスパイシーさが際立つジンです。このジンを使ってジン&レモンのパネットーネを手がけたのは、イタリア菓子職人協会に所属するガブリエレ・ヴァンヌッチ。「ジネプライオ」はピサ近郊で若い男性2人が営むメーカー、そしてガブリエレもピサ近郊出身の33歳。同郷同世代によるコラボレーションです。ガブリエレは祖父が画家、母が写真家、父は舞台美術家という家に育ち、アートと製菓への想いを抱いて、菓子職人ルカ・マンノーリに弟子入り。その後、NY、モナコ、ロンドンなどでレストランにおけるデザートの世界を追求。今はフィレンツェのミシュラン一つ星評価のレストランでシェフ・パスティッチエレを務める傍、製菓コンサルタントも請け負っています。

ガブリエレのジン&レモン・パネットーネは、ジネプライオのジンと同じボタニカルの香りを移したピエモンテ産のバター、同じボタニカルを浸潤させた水を使って生地を仕込み、そこへ、「アグリモンターナ」社のレモンピール、ジネプライオのジンのゼリーを加え、ゆっくりと36時間かけて発酵させることで、香りを全体に馴染ませて焼き上げるというもの。表面には十字のクープを入れるのみ、滑らかで美しい焼き色に覆われた背高のパネットーネです。甘酸っぱい乳酸の香りとレモンピールの爽やかさが強く立ち上り、その合間に華やかで微かにスパイシーな刺激が見え隠れ。たっぷり空気を含んだ生地はしっとりと柔らかく、しかし、口中ではねっとりと溶けることはなく、すぐさま解けて消えていきます。

この二つのジン・パネットーネは全く別の性格なのですが、どちらも甘味を感じさせながらも食べた後にその甘味がすぐに消え去り、バターの香りはしても油脂の重さが残らないのが共通点。それがジンの効果なのかもしれません。