オリヴィエリ1882のニコラ・オリヴィエリとの試食会レポート

ヴェネト州アルツィニャーノでパネットーネやパンドーロなど発酵菓子を主に手がけている「オリヴィエリ1882」。ガンベロ・ロッソを始め海外も含めたさまざまなメディアでベスト・パネットーネ、ベスト・パンドーロに選出されている、イタリアでも有数の作り手です。このほど、5代目を担うニコラ・オリヴィエリが来日、リアルなテイスティング会を開催いたしました。

今回のセミナーで試食したのは、オリヴィエリ1882で最も人気があり、ニコラ自身も一番好きだというクラッシコ、2番人気のアプリコット&塩キャラメル、3番人気の3種のチョコレート(ミルク、ダーク、ホワイト)、そしてパンドーロの4種類。おまけとしてインダストリアルのパネットーネも一つ加え、比較も試みました。

 

ニコラ氏が志すのは、ひとことで言えばハイクオリティなパネットーネ。材料、製法、パッケージング、全てにおいて上質を求めると言います。

素材において、メイド・イン・イタリーを柱にすることも一つのスタイルですが、それにはこだわらず、良い素材であればイタリア産以外でもどんどん試します。そして製法においても、分量、温度、湿度、時間。色々な要素を細かく分けて組み合わせ、それをデータにして、どうすればどんな結果が生まれるのかを記録してきました。こうした研究は今も続けており、パドヴァ大学とは主に発酵についての共同研究を、ピエモンテ州ポレンツォの食科学大学とはエコサステナビリティに焦点を置いた製法、パッケージングなどを分析研究しています。

あるとき、ニコラ氏は職人である父親と一緒にパネットーネの生地を仕込み、オーブンに入れたら生地が爆発してしまったことがあります。ニコラ氏には一体何が起こったのかわからなかったのですが、父親はそれを見てすぐに、塩を入れ忘れたなと言ったのです。経験からその原因を即座に理解したのですが、そうした経験をデータとして記録することで失敗をなくし、より精度の高い確率で目指すパネットーネを作ることができるとニコラ氏は言います。非常に些細なことでも失敗しやすいのがパネットーネ。失敗したらそれはすべて廃棄です。勿体無い上に、サステナブルではありません。つまり、失敗をなくすためデータ化は不可欠なのです。15年近く研究を重ねて、今は95%成功するまでになっていますが、100%の成功を目指しているとのこと。しかし、相手は発酵、生き物ですから、その達成は不可能だということもわかっているそうです。

 

材料で一番大切なのはリエヴィト・マードレ(自家培養発酵種)だと言います。いわば、家を建てる時の基礎部分で、これがきちんと機能しなければ家=パネットーネはできない、と。また、環境に非常に影響されやすいので、リエヴィト・マードレを仕込み、管理する部屋を作り、そこから動かすことはまずありません。ちなみに、オリヴィエリでは水に浸けて保存。紐で縛って管理するよりも手間がかからず、酸を発生しにくいのが利点です。

次に重要な材料が粉です。使っているのはモリーノ・クアリア社のW値が330〜360の粉。バターも重要で、風味はバターで決まると言います。北イタリアはバターの生産が盛んですが、風味という点でニコラ氏はベルギー製を選んでいるとのこと。牛乳表面に浮いてくる脂肪分を集める伝統製法ではなく、遠心分離製法の無塩バターです。

卵は平飼いの鶏の卵。イタリアの国が定めるパネットーネの製法規格では卵または卵黄が全体の4%以上と決められていますが、オリヴィエリでは卵黄のみ、全体の16%を占めています。オリヴィエリのパネットーネの内側が鮮やかな黄色なのは、卵黄をたっぷり使っているからなのです。

パネットーネ・クラッシコのレーズンは大粒のオーストラリア産、ラム酒に三日間浸けてから使います。オレンジピールはオリヴィエリ専用の特注品で、ピールのカットの大きさにもこだわっています。インダストリアルのパネットーネとアルティジャナーレ(職人手作り)のパネットーネの大きな違いの一つが、ピールやレーズンのサイズ。どちらもインダストリアルなものは細かくちぎれたようになっていることが多いのですが、大量製造ゆえ仕込んでいるときに潰れてちぎれてしまうのです。

 

製造工程で最も気をつけなければいけないのは温度だと言います。リエヴィト・マードレは使う前に3時間おきに3回のリフレッシュメントを行いますが、そこから生地を仕込んで焼くまで、常に温度は細かく測り、それぞれの工程に適した温度を守り続けます。ラボに入りたての新人にはまずこの温度管理を徹底してもらうのだそう。測った温度を表に記入していくのです。これを怠ると必ず失敗するし、記録をしていれば失敗ポイントがわかるということを理解してもらうためです。

温度管理の難しい工程はミキシング。摩擦熱により温度が上がりやすいのですが、常に26度を保つようにします。パネットーネの生地に使うミキサーはトゥッファンテと呼ばれるダブルアームで、温度が上がりにくいという利点と、次いで空気を含みやすいという利点があります。スパイラルや縦型のミキサーでも仕込みはできますが、温度が上がりやすいのでより慎重な温度管理が求められます。

プリモ・インパストの仕込みでは、壊れやすいフルーツがないので、温度管理に神経を集中させます。そして、この段階で油脂、つまりバターを多めに入れます。ただし、セコンド・インパストでバターを多く入れる作り手もいるそうで、考え方が分かれるところのようです。

しっかり温度管理をしながら、耳でもよく聞くことが大切と言います。セコンド・インパストは35分くらいを練り上がりの目安にしていますが、生地が完成に近づいているか、完成したか、は耳でもわかるとのこと。しかしもちろん、耳だけでは判断せず、生地を手に取って確認します。持ち上げて自然に落ちていく間にどんどん薄く、透け感のあるしなやかなシーツのようになれば練り上がりです。

ミキシング工程は、なるべく短時間に終わらせることが鉄則です。35分経過しても理想の状態に近づかない場合は、その生地は失敗とみなしてそこから先に進むのは断念することもあるとのこと。

完成した生地は計量して形を整え、ピロッティーノと呼ばれる専用の紙の型に入れて、発酵させます。膨らんだ生地のてっぺんが型の縁と同じ高さに達したら焼成に移ります。焼成の工程も非常に重要で、オリヴィエリでは専門のチームが担当します。パネットーネの元であるリエヴィト・マードレは生き物なので、毎回状態が変わり、焼成の段階でも生地の上がり方は毎回違います。微調整が必要な場合即座に対応できるように専門チームが逐一見守るのです。

もう一つ、最近研究している工程が、セコンド・インパストの発酵。通常はミキシング終了から5時間ほどで焼成させますが、これを一晩、ほぼ24時間かけて低温発酵させるのです。そうすることでよりしっとりとした、そして軽く消化の良い生地になることがわかってきたのだそうです。

 

パネットーネを食べるときは、まず、温度を気にしてほしいと言います。パネットーネが美味しく感じられるのはバターの香りがしっかりと出ているかどうかにかかっているので、28度くらいがベスト。冬はどうしても冷たくなってしまうので、50度に温めたオーブンで1分ほど温めると良いそうです。

パネットーネの入っている袋を開けたらまずそのまま匂いを嗅いで、バターを始めとする自然な香りだけかどうかを確認します。人工的な香料などを使っているとまずその匂いが一番に感じられるので、その有無をチェック。

カットするときは、まず側面の紙を外し、全体を4等分して、その1つを3つに切り分けます。1kgのパネットーネなら12人分が目安です。

パネットーネが正しく発酵しているかどうかを見るには、生地を少しつまんで引っ張ってみます。繊維に沿って裂けるなら、正しい発酵をしたことがわかります。そして、フルーツも大粒で全体に均一に散っていれば良いでしょう。

なお、もし食べきれずに残ったら、パネットーネが入っていたビニール袋に入れて密封し、なるべく早く食べきります。パネットーネは出来上がってから1週間から10日くらいが食べごろ。リエヴィト・マードレのおかげでパネットーネは日持ちするのですが、時間の経過とともに少しずつ乾燥していきます。

オリヴィエリのパネットーネの賞味期限は50〜60日となっていますが、パドヴァ大学との研究から、極端な環境の変化は別として、それ以上経過してもカビが生えることなどはないことがわかっています。いずれにしても、一度カットしたパネットーネは1週間以内に食べきってほしいとのこと。

 

ニコラ氏は今後、サステナビリティという観点からもさまざまなアプローチを試みていきたいと言います。たとえば、パネットーネを保存するビニール袋を生分解性の材質に代替できないかテストをしています。

 

以上が当日のセミナーの概要です。
コロナ禍以来、リアルなイベントが制限されており、今回もビザの申請、日本への出発前のPCR検査など、入国は面倒が伴いましたが、ともかく無事に開催することができ、ニコラ氏も参加者の皆さんと交流ができたことを喜んでいました。