春の訪れを告げる、復活祭のコロンバ

コロンバと聞くと、ようやく春がやってきたと実感します。コロンバ・パスクアーレとも呼ばれる、鳩(コロンバ)をイメージした復活祭の発酵菓子です。1930年代にミラノの製菓会社モッタがクリスマスのパネットーネの生地を活かせないかと編み出したのが始まり。一見、鳩なのかどうかわからない形ですが、パネットーネと同じならば型はなるべく凹凸がなく均一に火が入るようなフォルムが望ましいので、ギリギリ「鳩かも」と思える形になったのでしょう。ともあれ、鳩をかたどった復活祭の菓子はシチリアなどにもあり、鳩をこの時期の菓子のモチーフにすること自体はかなり昔からあったようです。

よく語られるのは、聖コロンバーノ(コロンバヌス)にまつわる伝説。6世紀のアイルランドに生まれたコロンバーノは、キリスト教修道士として守るべきこと行うべきことを規範としてまとめ、ヨーロッパ各地に修道院や教会を設立した人物です。コロンバーノがローマ教皇の謁見を求めて南下の旅をしていた時、ミラノを訪れ、当時イタリアを支配していたロンゴバルド(ランゴバルド)族の王アジルルフォ(アギルルフス)と王妃テオドリンダの食客となりました。当時、イタリア北西部の司教たちは、東方教会とローマ教皇がコンスタンティノープル公会議(553年に開催された第5回会議)で採択した結論に反発。アジルルフォ王はコロンバーノにこの問題の解決を依頼、コロンバーノは西側(コモ)と東側(アクイレイア)の司教を話し合いの席につけることに成功します。王はコロンバーノに謝意を表し、祝宴を開きましたが、折しも時節は四旬節(肉食を断ってキリストの復活を祈る時期)、食卓に並んだ数々の肉料理にコロンバーノは手をつけなかったのです。それを侮辱ととった王と王妃がコロンバーノを責めたところ、食卓上の料理の鳩が白い羽を羽ばたかせて飛び立ちました。この逸話から、聖コロンバーノの象徴は鳩となり、復活のシンボルともされ、復活祭に鳩をかたどった菓子を供えるようになったと言われています。ちなみに、食卓にあった鳩料理が、鳩の形をした甘いパンになったという説もあるようです。

聖コロンバーノは登場しませんが、やはり、ロンゴバルド族の時代を舞台にしたもう一つの伝説では、初代の王となったアルボイーノ(アルボイン)が3年の包囲ののち入城を果たしたパヴィアで、地元のパン職人から鳩の形をした甘いパンを「復活祭に捧げる平和のシンボル」として贈られたことに由来するとのこと。残忍な性格だったとされるアルボイーノにコロンバを平和の印として贈るのは、嫌味と捉えられればそれこそ斬首に処される危険があります。だから、実際にはそのような出来事はなかったのかもしれませんが、バルバロ(バーバリアン、蛮族)と呼バレるロンゴバルド族によるイタリア征服は、イタリアの歴史にとって非文化的な時代の始まりを意味しました。それゆえに平和のシンボル=鳩が重要なアイコンとなったという希望を込めた伝説なのでしょう。

20世紀のコロンバは、先にも述べたようにミラノのモッタ社が作り出したもの。パネットーネと同じように全国区の菓子として成長させるにはどうしたらいいかと考えた当時の社長アンジェロ・モッタは、出来上がったコロンバを著名な作家やジャーナリストに送り、効果的な宣伝文を考えて欲しいと依頼しました。それに答えた科学者であり医者であったエルネスト・ベルタレッリは「コロンバはノアの時代にまで遡る平和の印であり、仔羊よりもずっとシンプルで血なまぐささがない。このコロンバは平和と春を意味するお菓子だ」と書いています。こうしたモッタ社の大々的な宣伝のおかげで、コロンバの知名度は高まり、ミラノ発祥の菓子として定着。ロンバルディア州のP.A.T.(Prodotti Agroalimentari Tradizionali イタリア農林食品政策省が定める州ごとの伝統的食品)にも認定されています。

コロナ禍の今、それまでは製菓会社やパスティッチェリア、ベーカリーがコロンバの作り手でしたが、そこに星付きレストランも参入。通常の営業ができない今はテイクアウトやオンラインショップで次々と新商品を発表しているところが多く、特にファインダイニングには人手と高い技術があるゆえ、コンテンポラリーでハイレベルなコロンバが登場しています。例えば、アブルッツォの三つ星リストランテ「レアーレ」のオーナーシェフであるニコ・ロミートの「ラ・コロンバ・ニコ・ロミート」は、吟味した素材を使い、バターの一部を乳化させたシチリアのオーガニック・アーモンドに替え、ごく軽い仕立てに。また、ピエモンテの二つ星「ヴィッラ・クレスピ」のアントニーノ・カンナヴァッチュオロのオンラインショップでは、オレンジとレモンの柑橘をたっぷり使ったクラシック・コロンバのほか、オレンジとチョコレート、リモンチェッロの三種類を販売していますが、そのパッケージの華やかさはさすがです。コロンバの世界もこれからますますバリエーション豊かになることでしょう。