イタリア菓子界のマエストロがコロンバについて語る

去る3月15日、イタリア現地時間9時30分より、コロンバを題材としたオンライン・シンポジウムが開催されました。リエヴィト・マードレ(自家培養発酵種)を使ったパンや菓子のマエストロたちが加盟する三つの団体による合同企画で、北から南まで各地の職人が開催地ヴェローナの製菓厨房器具メーカーのラボに集まり、デモンストレーションを交えながらディスカッション。3時間半という時間があっという間に過ぎるほど、中身の濃いシンポジウムでした。

テーマは「コロンバ 伝統と革新の間で (La colomba tra tradizione e innovazione)」。昨年発足した、「リエヴィト・マードレとイタリア・パネットーネのマエストロ・アカデミー(Accademia dei Maestri del Lievito Madre e del Panettone Italiano)」による発案で、同団体が今年10月に開催予定の「パネットーネ・ワールド・チャンピオンシップ」に向けた一連のプログラムの一つです。

シンポジウムは、三つの団体(アカデミーのほか、パン職人の団体Richemont Club Italia、菓子職人の団体Conpait)からそれぞれ5人1チームで登場、うち2名はトラディショナル、3名はイノヴェイティヴについて発表。それぞれの職人が作るコロンバは事前にジャーナリストたちに送られており、職人が登壇する間オンラインでテイスティングの感想や質問が投げかけられました。

 

アカデミーチームのトラディショナル担当は、ミラノの重鎮パスティッチエレである、ヴィンチェンツォ・サントーロとアキッレ・ゾイア。1960年代からパネットーネやコロンバを作り続けてきたベテランが語るには、当時はモッタやアレマーニャなど大手製菓会社が大量生産するパネットーネばかりが食料品店に山積みされているのを見て、「こんなものだけではやがて誰からも見向きもされないお菓子になる」と危機感を抱いたのだと言います。そこで、素材を吟味し、よりリッチで味わい深いものにするために製法も改良を重ねました。こうして次第にパスティッチェリアやパン屋で、それぞれに工夫を凝らしたパネットーネが作られるようになったのです。

「今やパネットーネやコロンバは、パンではなく、柔らかくリッチなドルチェ。技術が進歩し、さらにロジスティックの充実のおかげでより良い原材料の確保が容易になったので、フレーバーを変えながら一年中パネットーネをはじめとする発酵菓子を消費者に提供することが可能になった」とゾイア氏は言います。

イノヴェイティブ担当は、南イタリア・アマルフィコーストを本拠とする菓子界の有名マエストロ、サルヴァトーレ・デ・リゾ、ガラス容器内で焼成したパネットーネで知られるヴェネド州パドヴァ県のデニス・ディアニン、バジリカータ州でパネットーネ、パンドーロ、コロンバのみを手がけ、発酵菓子界の若き第一人者と讃えられるヴィンチェンツォ・ティリ。まず、デ・リゾ氏が披露したのは、セコンド・インパストの最初の段階でミキサーのボウルにいきなりドライアイスを投入するというシーン。一晩かけて発酵させたプレ・インパストはおよそ28〜29度と高温なので、通常は冷蔵庫で冷やしてからミキシングに入るのですが、時間短縮のために急速冷凍するのです。「80kgの生地に3kgのドライアイスを入れると30秒で23度にまで下がる」とデ・リゾ氏。ドライアイスの代わりに液体窒素を使う人もいると言います。

さらに、イノヴェイティヴタイプでは、クラシックなミラノスタイルでは使わない様々な副材料を使用する場合が多く、パネットーネの生地と分離することなく混ぜ合わせるためには、その副材料を変化させなければなりません。例えば柑橘は、果汁と皮を煮詰めたパスタ・ディ・アグルーミに(煮詰めない作り方もあります)。デ・リゾ氏は、ピンク・グレープフルーツ、オレンジ、レモン、ライムに柚子の絞り汁とエッセンスオイルを加えた、コンタミネーションでオリジナリティを表現しました。また、ティリ氏は、アプリコットのフランス式シロップ漬けをプレゼンテーション。手法としてはクラシックですが、そうした伝統的手法を利用して新しい味を創出することがイノヴェイティヴの本質。例えば、シロップ漬けのアプリコットを使うだけでなく、そのシロップを砂糖の一部と代替することで、アプリコットの風味をより引き出すことができます。さらに、ナッツのようなそのままでは生地に味わいを写すことができない固い素材は、バターとナッツ100%のペースト、シロップを混ぜ合わせたエマルジョンにして生地に混ぜ込むことで、ナッツの風味がしっかりと感じられるようになります。

こうしてイノヴェイティヴを推し進めていくと問題となってくるのが、パネットーネ(あるいはコロンバ)の規格との乖離です。現在は、2005年に国が定めた規格から外れるとパネットーネを名乗ることができなくなります。特に問題となっているのが油脂の含有率と卵のカテゴリー。時代は変化し、原材料の品質も向上しているので、昔の規格が合わなくなってきているのです。伝統を守るための規格が、クリエイティビティを排除するものになっていくのは様々な分野で見られる現象。マエストロたちはこうした問題にも取り組んでいかねばなりません。

 

「リシュモン・クラブ・イタリア」チームのトラディショナル担当は、まずリエヴィト・マードレの扱いについて、より短時間でリフレッシュメントを行うには、リエヴィトを紐で縛る方式ではなく、水につけて保存する通称ピエモンテ式が良いと説明。そして、コロンバは、クラシックなパネットーネに比べると甘く感じられるというジャーナリストの感想に、おそらくアイシングの影響が強いと回答。最近のヘルシー志向により、甘いものへの抵抗が強まっていますが、パネットーネやコロンバは、本来人工的な保存料を使用しません。唯一の“保存料”が砂糖なのです。なので、ある程度の甘さは必要不可欠。アイシングも表面にカビが発生するのを防ぐ働きを担っています。また、コロンバにはレーズンを使わず、オレンジピールのみというのが伝統ですが、オレンジピールの甘さはレーズンよりも強く感じられるので、その甘みの調整が重要。たっぷり使うと甘すぎるだけでなく、発酵を妨げたり、生地が緩くなるため賞味期限が短くなる恐れも出てきます。見過ごされがちですが、意外に奥が深いオレンジピール問題です。

一方、同チームのイノヴェイティブ担当がプレゼンテーションの題材に選んだのは、「タバコ風味のコロンバ」。ヴェネト州キオッジャの職人ダニエレ・スカルパの作品ですが、昨年末にオンラインでパネットーネバージョンを発売したところ、イタリアはおろかヨーロッパ各地から注文が殺到したという話題の一品です。三種類のタバコ(オーガニックのシガロ)をまず水につけてニコチンを抜き、その後、溶かしバターでインフュージョン。その“エキス”をオレンジの皮、砂糖とともに卵黄に加えて使用します。ラム酒を加えたチョコレートも生地に混ぜ込んだコロンバは、口に入れると最初にそのチョコレートとラムの風味が、やがて、タバコの香りがほのかにすると言います。「シガロに火をつける前に、鼻ですっと嗅いだような匂いで、煙い感じは一切ない」とのこと。表面に施したピーカンナッツのアイシングの効果もあり、テイスティングしたジャーナリストは「カリブなコロンバ」と評しました。賛否はありそうですが、非常に意欲的なイノヴェイティブ・コロンバであることは間違いありません。

最後の「コンパイ」チームのトラディショナル担当は、コロンバのテイスティングにおけるチェックポイントを解説。そして、イノヴェイティブ担当は、コロンバ・サラータ(塩味のコロンバ)として「パン・コロンバ」をプレゼンテーション。アントニオ・キエラによる実演で、生地に黒オリーブ、ンドゥヤ(カラブリア特産の唐辛子入りペースト状サラミ)、シロップ漬け生姜を練りこみ、成形、オーブンに入れる前にクープを入れ、EVオリーブオイルを注ぎ、ひまわりの種、麻の実、かぼちゃの種を散らします。本来のコロンバとは全くかけ離れた材料を使っているため、賞味期限は非常に短くなりますが、作る側としては、生地を冷凍しておくことで、いつでも販売が可能とのこと。また、小さく食べきりサイズに作ることで食べる側にとっても負担が小さくなる、とも。文字通りコロンバの形をしたパンですが、発案者のキエラ氏曰く「パネットーネよりも訴求期間が短いコロンバを、一年中食べてもらうためのチャレンジ」です。

どの職人も一様に「パネットーネやコロンバといった発酵菓子はこれまでの慣習にとらわれずいつでも好きな時に食べてもらいたい」と語っていたのが印象的でした。最後を締めくくったアカデミーチームの責任者、パオロ・サッケッティの言葉は「もっと食べてもらいたいからイノヴェイティヴに力を入れるのは当然のこと。そして、イノヴェイティヴを追求するなら、時間をかけて試作を重ねたり、より良い材料を探し続けなければならない。お金も労力も費やすがために価格も上がるのです」。大量生産のものとは違う、明らかに美味しいものがあり、それは決して安価では提供できないことをもっと知ってもらわなければならないという訴えでした。